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一年前、2007年7月28日土曜日。雨もなく、猛暑でもなく、良いお天気だった。

mayu出産前日、陣痛との戦いの日。



明け方から、なんとなくお腹の張りがあってウトウトした状態だった。

旦那は朝から仕事なので、普段通りに送り出した。

『今日かもしれない』

『現場が遠いから、間に合わないかもしれないけど、連絡してな』


前々から、子供達をザリガニ釣りに連れて行く約束だった。

10分くらい車を運転していかなくてはならない公園。

まだまだ間隔は遠いが、痛みは強め。

運転は危ないかもしれない。

実家の母に連絡して、変わりに子供達を連れて行って欲しいとお願いした。

結局、病院へ連れて行ってもらわなければならないので、ついでに。

朝、9時過ぎには連絡したのに、10時になっても、11時になってもこないので連絡してみると、

『ごめんね。さっき出たんだけど、一軒用足ししていくから~』

のん気だ・・・

仕方ないので、いつも遊びに行く近くの公園で子供達には我慢してもらうことにした。

歩いて15分くらいの、kouの大好きな公園。

途中、何度も痛みで立ち止まりながら、公園で子供達を遊ばせた。

その時にはすでに20~30分間隔で痛みに襲われた。

さすがに我慢できなくて、隣にあるスーパーでお昼ご飯を買って早めに帰った。

お昼ご飯を子供達に食べさせていると、母が来た。

『遅い!!もう歩いて公園に連れて行ってきたよ!』

自分もお昼ご飯を食べようと思っていたけれど、痛みが強くて喉を通らなかった。

痛みによるイライラと母ののん気な態度に、怒りまくっていたら・・・

だんだんと痛みが遠のいてしまった・・・

それから、30分間間隔くらいのままなかなか進まず。

夕方、4時頃に15分間隔くらいになったので、とりあえず病院へ連絡。

病院まで、くるまで10分くらいなので、“10分間間隔くらいになったら来て下さい”とのこと。

6時頃には10分間隔くらいで、痛みもかなり辛い。

『そろそろ病院へ行った方が良いんじゃないの?』とっ母に言われたが。

『どうせ、なかなか産まれないんだから、ギリギリまで家にいたいの、ベットの上より動けるから楽だし』

と言うことで、お腹を抱えて部屋中を歩き回って痛み逃し。

そんなことしているうちに、フジの27時間テレビが始まって、去年は慎吾ちゃんだったね。

子供達を実家に預ける準備も、自分の準備も万端。

入院して家を空けるので、直前に家中掃除して、ゴミ捨てて、洗濯して、片付けして。

良し、完璧!

『そろそろ行こうか~』

って。

『ただいま~』

papaが帰ってきた。

ナイスタイミング!!

すぐにシャワー浴びて着替えて、出発。

午後8時に入院。

LDRに入って、子供達は27時間テレビを見ていた。

mamaは着替えて陣痛も本番。

間隔も7~5分を行ったり来たりで、なかなか進まない。

痛みもかなり辛いけれど、有効な痛みがなかなか来ない。

kouもyouも心配してくれて、病室の団扇でパタパタ。

産まれてくる赤ちゃんのためにLDRの中は冷房は弱め。

陣痛と戦っているmamaはかなり暑い。

動いている方が、痛み逃しになるから楽なんだけど、そういうわけにもいかず・・・

ベットの上でタオルをにぎり締めてもがき苦しんでいた。

助産師さんが何度も内診してくれるのだけど、子宮口は開いているのに赤ちゃんが下がってこない。

どうも、赤ちゃんの首に臍の緒が巻き付いているらしい。

赤ちゃん自身も苦しいので、下がることも出来ずに陣痛も強まらないらしい。

『仕方ないから産んじゃいましょ!お母さん頑張っていきんで!』

正直『えっ!マジで?!』と思ったけど・・・

ベットが分娩台に変身。いよいよ始まった。


3人目なのにこんなにいきんだのは初めて。

上の二人の時は、時間はかかったけれど、分娩台に上がれば3回くらいいきんだだけで産まれたのに。

何度も何度もいきんで、やっと頭が見えてきた。

『臍の緒が巻き付いていて、赤ちゃんも苦しいからあまりいきまないで!』

『え~っ?!だっていきみたいんだよぉ~さっきまではいきめって言ったり、今度はいきむなって・・・』と思いながら。

やっとも思いででてきた。

0時53分。

ギリギリ日付をまたいで、翌日7月29日誕生!

その後も、なかなか胎盤が出てこなくて、大変な思いをした。

結局、出血量も850mlで多量。もう少しで輸血になるところでした。

babyとしばらく休んで、LDRから病室へ移動となりましたが・・・

何の手違いか。

子供とばぁばを見送りに行ったままpapaも戻ってくることもなく。

LDRでひとり・・・待ちぼうけ。

看護婦さんも。

『お父さんも帰っちゃったのかしら・・・?』

babyをまだきちんと抱いてもいないのに・・・みんな帰ってしまった。

出血が多量だったmama。

看護婦さんと二人で、全ての入院荷物を病室へ運ぶことに。

貧血で、フラフラの状態で。

なんとヤクタタズなpapa。

明け方、病室に戻って、丸1日ゆっくり休みました。

あれから1年が経ったなんて。

まだ1年しか経ってないなんて。

長かったような、昨日のことのような。

きっと、人生最後の陣痛と出産だな。



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2008.07.28(Mon)